<   2011年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

日本に帰る前に作った「行きたいところ」リストと併用して
まとめていきます。

①100均→近所にあったので、何回も行った。
②無印→一回だけ。。。もっとゆっくり見たかったな。
③ユニクロ→友人Rが車で連れて行ってくれた!ありがとう~~~!!
④(安いとこでいいので)エステ→近所にあったらしいけど、見つけれなかった。。。
⑤スーパー銭湯→無理だった。。。
⑥可愛い雑貨屋さんめぐり→子連れでは無理!と潔く諦めました。
⑦手芸屋さん→近所にあったので、何回も行きました。
⑧本屋さん→上に同じ
⑨ホームセンター→忘れてたー!!
⑩スーパー→何回も行った。
⑪(近所の)コジマ→コジマではなくケーズデンキ。
⑫サンリオショップ(姪っ子のお土産を買う)→一応行ったけど、何も買わず。
⑬下着屋さん→忘れてた。。。
⑭ヘアサロン→最後の最後に行けた!すっきりした~~~!
⑮東急ハンズ→あきらめた

神戸元町にかわいい小さいお店がたくさんある場所があるんですが、
姉と息子を連れてちょっと歩いたんですが、
そういった可愛いお店は、たいがい、段差があるんですよーー!
なのでベビーカーでは無理とあっさりあきらめました。。。
それが残念だったな。。。。
魅力的なお店がいっぱいあったのに。。。

近所にまあまあ大きめのショッピングセンターがあって、
本屋とか手芸屋とか、100きんとかはここでまかなえました。
というか毎日のように、ブ●メールに行ってた私たち。。。

エステ行きたかったな~~。
電車乗ってとかは無理だけど、歩いて行けるところにあるのなら。。。!
でも見つけれなかった。
アジアはエステが比較的お安く受けれるところだと思う。
西洋はすごくお高いか、安いところは怪しいイメージがあるんで。。。

まあ、次回の里帰りの時のために
いろんなことを楽しみにしておこう!と思います!!
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日本のことをぼちぼちと書いていきます。
時列関係なしで思いつくままに。

日本で出来てうれしかったことは
やはり懐かしい友人、家族に会えたことでした。

家族は総出で、関空まで迎えに来てくれてたのですが、
「さ~~、こっから車で家までひとっ飛び!」と
重いスーツケース&息子&ベビーカーを引き連れていた私は、
安堵だったのですが、
その日、関西地方は記録的な大雪で交通がストップしていたのでした。。。。

それだったら、両親だけ来ればいいものを、
なぜかうちの姉とその息子までもリムジンバスに乗ってやってきました。

で、家族総出(6人)で、リムジンバス、JR,タクシー2台を乗り継ぎ帰ったんです!
本当にもう、うちの家族ったら。。。
でも、今になってみればいい思い出です。
写真撮っとけばよかったかも~~~。

大好きな友人に久しぶりに会えたのも、
ありがたかったです。

皆それぞれ忙しいのに、
こっちが「里帰りする!」って言ったら、
「会おうね!」って返事を返してくれて、
時間をやりくりして、会ってくれる。

何でもないことのように、昔なら思ってただろうけど、
すごいことですよね!!

しかもそれぞれから、しっかりお土産まで
頂いて。。。。
ほんと~~~に、ありがとう!!!です!

家でも、もっと料理を作ったり、掃除したりできるかな?
と思ってたけれど、息子がいたら、ほぼ無理で。。。。
何か数えるほどしか出来なかったな。。。。

でも、毎日のように、誰かが息子をお風呂に入れてくれて、
私は久々にゆったりお風呂を楽しめました。

息子も日本のお風呂が大好きになったようで、
なかなか上がろうとしなかったようです。
じいじ(私の父)がお風呂で吹く口笛が不思議で仕方がなかったようで、
じ~~~っと見てたとのこと。

寝る時は畳で布団だったので、
息子と寝ていても、落ちる心配がなく、
リラックスして寝れました。
おかげでいつも寝すぎ。。。。。

元保母の姉が、息子の世話をしてくれたので、
梅田に友人に会いに行けました。
「姉、すげー!」と思ったのは、
息子が泣いたり、ぐずったりしても、
まったくあわてず騒がず、しっかり対処してたこと。
「プロだから」だそうです。。。。。
普通、自分の子供以外だと焦るはず!
おかげで、安心できました。

次からは「食べたもの」「買ったもの」を
紹介していきます!
あんまり写真は撮れていないんですが。。。
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昨日、買い物の途中でこんなポスターを見つけました。

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私たちも、近所の人からの要望で、
義援金の為のバザー用の品物を整理していました。

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がらくたばかりですけど、
お役にたてればいいな。。。と思います。

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またまた大分、間が開いてしまいました。

義母はもう起き上がるのが困難、という状態になってしまいました。
昨日、お風呂介護(シャワー介護)の時に、
段差につまづいてしまい、そこからです。
トイレに行くのに、尋常じゃない労力を使わなければいけないので、
昨日の夕方、看護婦さんが来て、チューブを付けてくれました。
何時間かに一回、たまったものを捨てなければいけませんが、
(って、まだ私やってませんが)
介護する側、される側にとっても、こっちの方が楽!です。
義母も、少し気力を回復した感じだし、
トイレに行くときに、はらはらしながら見守る必要もなくなったので、
本当に良かったです。

今日は旦那がロンドンに泊りで行ったので、
義妹①夫婦が来てくれています。
おかげで私は久々にのんびりできてます!

今日は、義母の様子を書こうと思ったのではないのです。

ニュース(ネットの)で震災のことを読むたびに、
阪神大震災の時のことをどうしても思いだしてしまうので、
そのことを書きたくて。

阪神大震災があった時、私は20歳でした。
阪神大震災の2日前に、神戸のワールド記念ホールで
成人式に出席したばかりでした。

正直、地震の直後はあまり覚えていないのです。
でも、ガスも水道も電気もしばらくは全部来ていたと思います。

(私たちの家のダメージは全壊でも半壊でもなく、一部損害、という
軽いものでした。
神戸市内ではありましたが、一番損害が軽い地域でした)

でも、電気以外、ストップし、
家族そろって、水汲みに。。。
水汲みって大変なのです。
もう家にある一番大きい容器を持って、
家族総出で行って、行列を並んで、
重い容器を運んで、
でもすぐなくなるから、また並んで。

その時の日記とか付けていないんですが、
もし、つけてたら
「今日は水汲みに3回行った、大変だった、終わり」
みたいなシンプルな日記だったんじゃないかと思います。
それくらい、何にも出来ないのです。。。。

でも、水は一週間くらいで来たんじゃないかな、
大変だったのはガス!
ガスが来ないからお風呂は当然なし。
近所にあるゴルフ場に洗面器持っていった覚えがあります。
でも、当然、時間制限があって、
せかされて入るので、何か2回目からは「もういいや。。。」
って気になり、最長一週間、お風呂に入らない生活をしました。

その後すぐに、母親の実家である赤穂市に疎開。
一週間ぶりに入るお風呂は最高でした~~。

といっても、疎開は2日くらいで終わり、
「もしかして、ガス復旧??」の期待もあっさり裏切られ、
ガスなし生活は一カ月以上続きました。

ガスが来た時はもう嬉しくって、
おおげさじゃなく、人生の3番目に嬉しいこととして
ランクインしています。
本当にそれぐらいインパクトがあったんです!
(一番目は息子が産まれたとき、
2番目は結婚した時にしときます、一応)

ガスが来てうれしかった、っていう話だけじゃなくて。。。

初め神戸のキャッチフレーズが
「がんばれ神戸」だったんですが、
それだったら、「神戸の皆さん、がんばってね、おれたち関係ないからさ~~」
ってことになるんじゃないか、だったら!
「がんばろや神戸」
に訂正された、ってあとで聞きました。
確かにこっちのほうがずっといい!と思いました。

あと、神戸出身の歌手が
そのキャッチフレーズまんまの歌を作って、
それがラジオでガンガン流れてて、
妙に癇に障って、いつも消してました。
こんな辛気臭い歌聞きたくない!って思って、
なぜか小沢健二の(ファンでもないのに)
「愛し愛されて生きるのさ」「ラブリー」を聞いてました。

あと、もっと後になるけれど、
その時神戸オリックスにいたイチロー選手が
がんがんホームラン打ってくれて、
それが妙にうれしくて、
野球もそんな興味なかったのに、
たまに球場に足を運ぶようになりましたっけ。

震災の後は、今と同じように
「余震が来る、もっと凄いのが来るに違いない!」
ってデマが流れたので、
いつでも一緒なんだな。。。と思います。

彼氏が大阪の子だったので、
震災後少し落ち着いてから、
梅田で待ち合わせをしたら、
まったく通常通りで、仰天しました。

なんか妙にのんきな彼氏に腹が立ち、
今から思うと全くの八つあたりで説教をし、
神戸にボランティアに来させましたっけ。。。

一緒に成人式に行った友人の家が全壊で、
命からがら助かったというのに、
「心配してくれただけでうれしい」と
彼女が言ったこと。

仲良くなって間もない友人が
心配して、なかなかつながらないのに、
根気よく電話をかけてくれたこと。

まだまだあるんだけど、この辺で終わります。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
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張り切って日本のこと(里帰り)を書こうとしたのですが、
義母の状態、日本のこと(震災と原発)が気になって
なかなか進みません。

まず義母のこと。
改善された点は、寝る前に飲む睡眠薬をやめ、
夜にトイレに行く際は部屋に設置した簡易トイレを使うようにしたら、
大声で誰かに助けを呼ばなくて良くなったので、
私にとっても、息子にとっても、旦那、及び、その兄弟たちにとっても
夜、少なくともゆっくり寝れるようになったことです。

でも、先週ナースが来て、
おしめにするか、ホームに行くか、というとこまで話が進んだようです。

でも義母は、絶対におしめはイヤ!!!
とのことで、
(気持ちは分かります!!)
まあ、今のところ、自力で何とかなってるので、
それはいいのではないかと保留になりました。

大変なのは、旦那の兄弟誰かが入れ替わりに泊っていかなければいけない点です。

義母は前にも書きましたが、華奢ではない方で、
まず倒れたら私ではどうしようも出来ない、
救急車を呼ぶしかない状態になるので、
それを義母はとても恐れてるようです。

先週末、どうしても人の都合がつかず、
義母と私のみだったのですが、
夜、義母は心配で心配で眠れなかったそうです。。。。

私も息子の世話、ご飯の用意、う~ん、
一日二日が限度かな。。。

あと、外出できないってストレスたまるんです。
義母と私、二人なら大丈夫ですが、
動き回る息子を家の中に閉じ込めておくのは
かわいそう&私も疲れます。

介護の難しさって、
下の世話が嫌とか、そういうことじゃなくて、
時間のやりくり、閉鎖感を
クリアすることにあるような気がします。

でも、旦那も、義弟もしっかり仕事がある訳で、
毎日毎日、義母の世話だけしてる訳にはいきません。

という訳ですが、
部外者の私が、
「こーすればいいんじゃない?」
っていきなり口出す訳にもいかないので、
(そもそもなんの案もないです)
兄弟4人でさっさとサミットをしてほしいです。

日本のことは、
今まで散々、一面で日本のことを取り上げてくれた
イギリスの新聞が、
いきなり今日、リビア一色になり、
日本のことなんて忘れてしまったようで、
かなり複雑です。。。。

しかも、昨日はイギリス版「愛は地球を救う」の日で
(首相も喜んでテレビに出てた)
散々感動的なチャリティー番組をやっておきながら、
リビアを攻撃し、人を殺して、破壊して。。。。
なんかいっきに、脱力です。

BBCがアフリカの子供を救おうと、番組を作るのに、
戦争を早くやめよう!という展開にならないのは、
やはりテレビというものが、
政府によってコントロールされてるのだろうなぁ、
としみじみ思います。

なんかそういうことをいろいろ考えてる毎日です。
あ、息子は元気です。
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里帰りのことをぼちぼちと。

すっごいナーバスになっていた飛行機。
いろんな人に、「周りの人が助けてくれるから、大丈夫!」
と言ってもらい、確かにその通りではありました。

空港でも、何でも優先的にしてもらえるので、
本当に助かりました。

飛行機内で泣けば、嫌な顔一つせずに
あやし続けてくれる韓国の方たち。。。。
スチュワーデスさんたちもやさしかったです。

ラッキーだったのは、オフシーズンだったので、
行きも帰りも飛行機が空いていて、
私と息子で3席もらえたことです。
(本来ならば1席)

よって、この息子の寝様。。。。
めちゃくちゃ楽でした!
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ただし、これは行きの飛行機のみ。
帰りの飛行機では一番前の列だったので、
広いことは広かったのですが、
手すりが上がらないので、
寝る時は息子を抱っこのまま。

もし選べるのなら、2列目以降にすることをお勧めします!

お母さんは機内食はあきらめましょう。
私もビビンバが出て、大変うれしかったのですが、
息子が手づかみしようとするのを阻止するのに必死で、
食べれたもんじゃなかったです!
片手で簡単に食べれる物を持って行きましょう!

あと、赤ちゃんが吐いた場合に備えて、
着替えも出来れば2,3組あったらいいかと思います。
私は1組しか持って行ってなかったので、
最終的にはゲ●まみれでヒースローに着きました。。。
(息子が数回吐いたので)

離陸時に、気圧の関係で耳が痛くなって泣く、
というのはまったく大丈夫でした。

とにかく赤ちゃんが長時間寝てくれれば寝てくれただけ、
楽です。
っていうのが、子連れ飛行機のまとめでした。
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イギリスに戻ってきて、もうすぐ一週間になろうとしてるのに、
なかなか落ち着きません。
でも、ずーっと調子の悪かった息子が、やっと回復してきたので
ほっとしました。

帰りの飛行機で吐いてしまい、
イギリスに戻って来てからも、毎日吐く、下痢、の繰り返しでした。
やっぱり病院に行こう!と決心した今日、
いっきに回復しました。

時差ぼけもまだあって、まず最初の二日間は
とにかく眠り続けました。
こりゃー、夜も寝ないな、と思っていたら、意外にも
寝続け、でも、夜中の3時あたりから元気になる、という
リズムの狂いよう。
まあ、時差ぼけとは気長に付き合っていきましょう。
一か月もすれば完ぺきになくなるかなくらいで。

驚いたのは義母の弱りようでした。

まず、着替えが一人ではできなくなっていました。
(着替えのお手伝いさんを雇っています)
トイレも、ドアの開け閉め、電気をつける等は
私たちがやっています。
一階のトイレは段差があるので、義母がこけないように、
誰かが支える、義母がトイレに入るまで見守る、
2回のトイレも、義母の足に引っ掛からないように、
マット全てを取り払っていました。

食事も食卓でするのは辛いようで、
ソファーに持って行きます。
(幸い食欲はあります)

相変わらず義母の頭は冴えてるのですが、
もう足の弱りようはどうしようもなく、
義母自身もいらっとしたり、
たまに泣いてしまったり。。。。です。

とにかく、義母が倒れてしまった事態に備えて、
旦那の兄弟、誰かが待機!状態です。
義母は決して太ってるとかではないのですが、
華奢なタイプではないので、
もし倒れた場合、私ではどうしようも出来ないから、
(義母を運べない)
あと、小さい息子と89歳の義母の世話は無理だろう。。。。
と話しあってくれたようです。
(ありがたいです)

正直、義母の変わりように、ショックを受けてます。
こんな短期間で、人間って弱っていくのね。。。。
義母の腎臓はもうほとんど機能していないので、
これから良くなることはなく、弱っていく一方だそうです。

私が出来ることを、精いっぱいしていくしかないです。
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イギリスにもどってきて、5日目です。

10日の夜帰ってきて、11日に旦那の友人から
日本の地震について電話があり、
全く状況を把握していない私は
「日本、地震多いから…」と、とんちんかんな受け答えをしてしまいました。

次第に、新聞やテレビで現状を知った次第です。

阪神大震災を経験してる私にとって、
被災地の方の現状を思うと、
何も行動できないのが本当に辛いです。。。。

海外在住者に出来ることは、少額の寄付と、
祈ることだけ。

あっ、でも、16年前の阪神大震災の時、
「大丈夫?」って安否を確認してくれる友人は
本当にありがたかったです。

遠くにいるから、何も出来ないんだけど、
でも大丈夫?って電話をかけてくれた友人のことは
今でも忘れてません。

一人ひとりに出来ることは、本当に小さいかもしれませんが、
その小さいことでも、大事な誰かにとっては
力になることを信じて、行動しましょう!
(↑って、自分に言ってます)
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